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研究概要

沿革と組織の概要

神経病理学は、神経疾患の病因・病態解明の基礎的側面と、神経病理診断学・治療法開発への貢献などの臨床的側面を合わせ持つ疾患科学として、時代に即応した発展を遂げてきました。本分野の前身である脳研究施設・脳病理学部門の初代教授・白木博次博士は本邦の臨床神経病理学の礎を築き、第二代教授の山本達也博士は脳炎の実験病理学の分野を拓かれました。第三代教授の朝長正徳博士は現代的な神経病理形態学を基礎として老年性神経疾患の研究を推進され、第四代教授の井原康夫博士はアルツハイマー病の病理生化学の分野において世界トップレベルの研究を推進するとともに、本邦のアルツハイマー病研究を世界水準に育成されました。平成19年4月より、第五代教授として、岩坪威が神経変性疾患、とくに脳の老化過程と密接な関係を有するアルツハイマー病とパーキンソン病を主な研究対象とし、その発症機構の解明と、病態に即した根本的治療法の創出を目標として研究活動を開始しています。

教育

当教室では、医学科3年生の病理学総論の一部を分担するとともに、修士課程の神経病理学講義、フリークォーター、大学院講義などを担当しています。MD研究者養成プログラムでも、現在4名の学部生に研究を指導しています。また薬学系における病理学の講義・実習も支援しています。

研究

最近の研究成果についてはこちらをご覧ください。

1. アルツハイマー脳におけるβアミロイド蓄積機構に関する研究

アミロイドβペプチド(Aβ)からなるアミロイドの蓄積は、アルツハイマー脳に必発の老人斑などの特徴的病理変化を形成します。Aβの前駆体であるAPP遺伝子変異が、APP蛋白の代謝をAβの蓄積を促進する方向に変化させ、家族性アルツハイマー病の発症に至るという知見を考え合わせると、Aβ蓄積はアルツハイマー病の結果であるのみならず、原因にも深く関連した病変と解釈できます。Aβはアミノ酸40~42個からなる蛋白質断片であり、APPからβ-secretase, γ-secretaseという2種類のプロテアーゼの作用によって切り出されます。当研究室では、カルボキシ末端が2残基長く、蓄積性の高いAβ42分子種がアルツハイマー脳において最初期から優先的に蓄積する分子種であることを免疫組織化学的に実証して以来、患者脳、トランスジェニックマウス脳などを対象にアミロイド蓄積過程、神経細胞脱落過程などを病理学的に検討しています。またAβのC末端を形成するγ-secretaseと次項で述べるプレセニリンの関係について集中的に研究しています。

2. 家族性アルツハイマー病病因遺伝子プレセニリンに関する研究

アルツハイマー病の一部は、常染色体優性遺伝を示す家族性アルツハイマー病(FAD)として初老期に発症します。FADの病因遺伝子が追求された結果、9回膜貫通型蛋白をコードするプレセニリン遺伝子の点突然変異が、多くのAD家系の原因であることが明らかになりました。当研究室の前身となった薬学部・臨床薬学教室において、FAD変異を有するプレセニリンがAPPのγ-cleavageに影響を与え、蓄積性の高いAβ42の産生を亢進させることを明らかにし、アルツハイマー病発症におけるAβ、ことにAβ42の重要性を示すとともに、プレセニリンとAPP, γ-secretaseの関連を確立しました。γ-cleavageの遂行に関わる機能型プレセニリンは、他の必須結合蛋白とともに高分子量の複合体を形成します。ショウジョウバエS2細胞にRNAi法を応用することにより、APH-1蛋白がγセクレターゼ複合体の安定化因子、PEN-2蛋白が活性化因子であることを解明、in vitroにおけるγ-secretaseアッセイ系を本邦ではじめて樹立し、薬学・有機化学系研究室との共同研究による、新規γ-secretase阻害剤のスクリーニングに応用しました。また阻害剤をプローブとしたケミカルバイオロジー的アプローチによりγ-secretase阻害剤作用機序の解明を試みています。最近このような手法を駆使してγ-secretase修飾薬の結合部位をプレセニリン1第1膜貫通部位に同定しました(γセクレターゼに関する研究は、主に、薬学系研究科・臨床薬学教室において行っています)。

3. アルツハイマー脳アミロイド非β蛋白成分CLACに関する研究

老人斑アミロイドの主成分はAβであるが、他にもいくつかの蛋白性構成成分が同定されており、アミロイド線維の形成やアルツハイマー病発症への関与が考えられています。アルツハイマー脳アミロイドを抗原として作製したモノクローナル抗体を手掛かりに、老人斑アミロイドを構成する50/100 kDa蛋白を分離し、構造を解析したところ、細胞外部分に反復するコラーゲン様配列を持つ新規の一回膜貫通型蛋白の細胞外部分からなることを見出し、CLAC(collagenous Alzheimer amyloid plaque component)ならびにCLAC precursor(CLAC-P)と命名しました。CLACがアミロイド形成過程の”elongation”過程を抑制することをin vitroで実証するとともに、CLAC-Pの膜結合型コラーゲンとしての生理機能について研究を進めています。最近ではCLAC-Pトランスジェニックマウスの作出に成功し、APPトランスジェニックマウスと交配することにより、in vivoでCLACがアミロイド蓄積のコンパクト化を促進することを実証しました。CLAC-Pの正常機能解明を目指し、ノックアウトマウスの解析にも注力しているところです。

4. パーキンソン病の病因遺伝子機能に関する研究:Lewy小体とその構成蛋白α-synuclein、ならびにLRRK2に関する研究

Lewy小体はパーキンソン病、ならびにアルツハイマー病についで頻度の高い変性型認知症であるLewy小体型認知症(DLB)の変性神経細胞に形成される封入体であり、これらの疾患における神経変性の鍵を握る構造と考えられています。当研究室ではDLB脳からLewy小体を単離精製する方法を世界に先駆けて確立し、精製Lewy小体を抗原としてモノクローナル抗体を作製することにより、その主要構成成分としてα-synucleinを同定しました。α-synucleinは優性遺伝型家族性パーキンソン病の病因遺伝子であることが同時期に解明され、現在α-synucleinの異常蓄積は孤発例を含むパーキンソン病、DLBの細胞変性に広く重要な役割を果たすものと認識されています。DLB脳に蓄積したα-synucleinを精製分離し、蛋白化学的に解析するという病理生化学的アプローチにより、蓄積α-synucleinは特定のセリン残基において高度のリン酸化を受けていることを明らかにしました。この発見は、アルツハイマー病におけるタウに続いて、パーキンソン病とその類縁疾患においても蛋白質過剰リン酸化が神経変性に重要な役割を果たしていることを実証するものです。また線虫などの無脊椎動物を用いたα-synuclein過剰発現による神経細胞変性トランスジェニック動物モデルの作出を進め、変異型α-synucleinの発現やリン酸化による神経細胞機能障害の発症を示すとともに、遺伝学的な増悪・改善因子の探索を行っています。現在は、新規の家族性パーキンソン病病因遺伝子LRRK2の機能解析にとくに力を入れ、最近LRRK2の自己リン酸化部位を同定、その病原性基質蛋白の同定、活性制御機構の解明に取り組んでいます。

5. アルツハイマー病治療薬開発のためのサロゲートバイオマーカー同定のための大規模臨床研究

γセクレターゼ阻害薬、Aβ免疫療法などのアルツハイマー病根本治療法の実現、すなわち臨床治験の成功を導くためには、アルツハイマー病の発症過程を反映する画像、体液等のバイオマーカーを確立することが必須です。全国38臨床施設からなるJapanese ADNI臨床研究プロジェクト(J-ADNI)の主任研究者グループとして、2008年度より本格的な臨床研究を展開しています。

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